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三輪明神 大神神社

名称 大神神社
住所 633-0001 奈良県桜井市三輪1422
拝観時間
拝観料金
URL

http://www3.pref.nara.jp/kankou/1155.htm

遠い神代の昔、大己貴神(おおなむちのかみ)(大国主神(おおくにぬしのかみ)に同じ)が、自らの幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)を三輪山にお鎮めになり、大物主神(おおものぬしのかみ)(詳しくは(やまとのおおものぬしくしみかたまのみこと))の御名をもってお祀りされたのが当神社のはじまりであります。
それ故に、本殿は設けず拝殿の奥にある三ツ鳥居を通し、三輪山を拝するという、原初の神祀りの様が伝えられており、我が国最古の神社であります。
大三輪之神(おおみわのかみ)として世に知られ、大神をおおみわと申し上げ、神様の中の大神様として尊崇され、各時代を通じ、朝野の崇敬殊に篤く、延喜式内社・二十二社・官幣大社として最高の待遇に預かり、無比のご神格がうかがわれます。

当神社に祀る神、三輪の神、大物主神について、文献で最初に記述されるのは、我が国最古の歴史書、『古事記』の上巻にあります。
それによれば、大国主神が、自分と協力して、ともに国造りに励んできた少彦名神がなくなられ、独りしてどうしてこの国を造ればよいか思い悩んでいた時、「海を光(てら)して依り来る神」があった。
その神が、「我がみ前をよく治めれば協力しよう」と申し出た。これに対し、大国主神は、「お祭り申し上げる方法はどうしたら良いのでしょうか」と問うたところ、その神は、「自分を倭(やまと)の青垣、東の山の上に斎きまつれ」と希望した。
その後に、「こは御諸(みもろ)の山の上に坐す神なり」と記されています。
つまり大和の国の周囲を垣のように取り巻いている青山のその東方の山上、三輪山にお祭りした神が、三輪の神であり、これが大神神社ということであります。

続いて、同じ『古事記』中巻の神武天皇段に至って、三輪の神は「大物主神(おおものぬしのかみ)」であることが記されます。
また『日本書紀』には、同じ内容が書かれ、大国主神の別名である大己貴神(おおなむちのかみ)が、協力者の少彦名神(すくなひこなのかみ)がなくなられたので、嘆き悲しんでいるところへ、海を照らしてやって来た神があり、この神は、大己貴神の「幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)」であると言い、「日本国(やまと)の三諸山(みもろやま)に住みたい」と答える。
そして「この神が大三輪の神である」と記しています。

続いて『日本書紀』の崇神天皇8年に、大田田根子(おおたたねこ)が三輪君族の始祖であり、三輪の神が大物主神であることが示されています。
更に、平安中期の法典であります『延喜式』の巻8、祝詞篇の「出雲国造神賀詞(いづものくにのみやつこかむよごと)」の中には、「己(おの)れ命(みこと)の和魂(にぎみたま)を八咫(やた)の鏡に取り託(つ)けて、(やまとのおおものぬしくしみかたまのみこと)と名を称えて、大御和(おおみわ)の神奈備(かんなび)に坐せ」とあり、大物主神は詳しくは、と言い、大御和の神奈備(三輪山)にお祀り申し上げたことが記載されています。
いずれも、大和の東方に独座していた三輪山に、大物主神を祀ったことが記載されています。

◆大神神社
大和盆地の東南に位置する三輪山は、高さ467m、周囲16km、面積350ha、全山松・杉・檜に覆われ、古来より神の鎮まる山(神奈備山、三諸山)として抑がれてきた。大神神社は本殿は設けず、拝殿からその奥にある三ツ鳥居を通し三輪山を拝するという、我国原初の神祀りの様を今に伝えている。このことと鎮座の由来が「日本書紀」・「古事記」等の古典にみえていることから、我国最古の神社と称されている。

奈良県桜井市三輪1422

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