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天龍寺

名称 天龍寺
住所 616-8385 京都府京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町68
拝観時間 8:30~17:30

受付終了:閉門時間の15分前(諸堂)
参拝終了:10/21~3/20は17:00
拝観料金 参拝料金は庭園(諸堂参拝は100円追加)
大人  500円、大学生 500円
高校生 500円、中学生 300円
小人  300円
幼稚園児以下無料
<法堂「雲龍図」の特別参拝は別途500円(一律)>
URL

http://www.tenryuji.com/

霊亀山(れいきざん)と号する臨済宗天龍寺派の大本山である。
当寺は、足利尊氏が後醍醐天皇の菩提を弔うため、暦応2年(1339)夢窓疎石(むそうそせき)を開山に請じて創建された寺院である。
その後、寄進や天龍寺船の貿易収入により伽藍が整えられ、至徳3年(1386)には、京都五山の第1位を占め、大いに隆盛を極めた。
しかし、以後度重なる災火により堂宇を焼失し、現在の諸堂は、明治以後に再建されたものである。
方丈前には、夢窓疎石が作庭したと伝える池泉回遊式庭園が広がり、また、寺宝としては、絹本著色夢窓国師像など数多くの重要な文化財を蔵している。

◆由緒
当寺は暦応二年(西紀1339)奈良県吉野の行宮で崩御された南朝の後醍醐天皇の冥福を祈るために足利尊氏が発願し、北朝の光嚴天皇の勅許を得て、名僧夢窓国師を開山として創建された寺である。

詳しくは霊亀山天龍資聖禅寺といい、室町地代京都五山第一位に列せられた。この地は始め後嵯峨、亀山両上皇の離宮亀山殿であり、後醍醐天皇は幼少より青年期に至るまでここで成長修学された、因縁の場所である。

当寺建立のためには光嚴天皇、足利尊氏は諸国の荘園領地を寄進させたが更に御朱印船、天龍寺船という貿易船を中国に派遣して、そお利益を以って建立の資金とした。それに依り応永年間(西紀1425)には七堂伽藍をはじめ120の支院等があり、4キロ四方にわたる壮大なものであった。

然るに、八回の火災に遭い、その最後は幕末元治元年(1864)蛤御門の変の時薩摩の兵火にかかり、全灰燼に帰した。明治十三年に至って漸く現在の伽藍を復興するに至り、現境に至っている。特別史跡名勝天龍寺庭園曹源池は方丈の西にあり借景に依る池泉回遊式の禅宗庭園としては、開山夢窓国師晩年の作庭として随一を誇るものである。

◆天龍寺ご案内
天龍寺。臨済宗天龍寺派大本山。

正しくは霊亀山天龍資聖禅寺で、京都市右京区嵯峨に位置する。1339年(暦応2)、吉野で亡くなった後醍醐天皇の菩提を弔うために、足利尊氏が夢窓国師を開山として創建した。

この地は、檀林皇后(嵯峨天皇の后)が開創した檀林寺のあったところで、のちに後嵯峨上皇の仙洞御所・亀山殿が営まれた。後醍醐天皇はここで幼少期を過ごした。

夢窓国師は堂塔建立の資金調達のため、「天龍寺船」による中国・元との貿易を進言し、1343年(康永2)にほぼ七堂伽藍が整った。夢窓国師の門流は隆盛し、天龍寺は京都五山第一位の寺格を誇った。

創建以来、天龍寺は1356年(延文1)をはじめ、8回の大火に見舞われ、現代の堂宇の多くが明治期の再建。夢窓国師による庭園(曹源池)は、国の特別史跡名勝第一号に指定、1994年(平成6)世界文化遺産に登録。

京都府京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町68

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