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法華寺

名称 法華寺
住所 630-8001 奈良県奈良市法華寺町882
拝観時間
拝観料金
URL

http://www3.pref.nara.jp/kankou/14.htm

法華寺は、聖武天皇御願の日本総国分寺である東大寺に対して、光明皇后御願に成る日本総国分尼寺として創められた法華滅罪之寺であります。寺地は平城宮の東北に位し、藤原不比等公の邸宅だつたのを、皇后が先帝ならびに考妣のおんために改めて伽藍となし給うたもので、以来星霜千二百五十年、おん慈しみ深かつた皇后の御精神を伝え、道心堅固に護られてきた女人道場「法華寺御所」であります。従って草創以来朝野の尊崇を集め、天平勝宝元年には詔して墾田一千町歩を施入せられ、大同年中には駿河、美濃、上野、武蔵、越後、伯耆、出雲その他に寺封五百五十戸を持つなど、天平の大伽藍にふさわしく堂宇もまた金堂、講堂、東西両塔、阿弥陀浄土院と荘厳のかぎりをつくしていたのであります。
しかしながら時勢とともに寺運ようやく哀え、中世の記録はさだかではありませんが、叡尊興正菩薩の再興、さらには豊臣秀頼公の外護、徳川氏の寺領二百二十石寄進などあつたとは申せ、ついにほとんど旧来の寺観を失うて今日に及びました。寺史を繙いて感慨を禁じ得ぬもの、ひとり当寺を護るもののみではありますまい。ただ、そのなかにあって、今なお世の名宝と仰がれる本尊をはじめ幾多の文化財を遺してきたことは、お互いにありがたいことと申さねばなりません。

貞明皇后様におかせられましては、大正十二年には本尊御宝前に菊御紋章入り御燈籠一対を御献納遊ばされ、大正十五年五月には祈願佛を当寺へ御遷座遊ばされましたが、以来門主は日夜、御祈願申しあげています。

◆今日の寺観
いにしえの平城京左京一条、いま奈良市法華寺町の一廓に築地をめぐらして南大門を開いています。境内史跡指定建築物はこの南大門と本堂、鐘楼の三棟で、いずれも桃山時代に再建された重要文化財であります。本堂は慶長六年(西暦1601)豊臣秀頼公が淀君とともに片桐且元を奉行として再建した四注造・本瓦葺・桁行七間梁間四間の、もとの講堂であったらしく、その旨は勾欄の擬宝珠や本尊須弥壇の銘文によって明らかであり、向拝の蟇股・手挾の豪華な絵様彫刻に、桃山建築の精粋をうかがうことができます。

先年この堂の解体修理が行われた際、天平創建当時の礎石や古い柱根を発掘し、声なくして寺史の悠遠なことを偲ばせました。この古い礎石は、鐘楼の地下からも発見されております。

鐘楼の東北、別の廓内にある「から風呂」は、本願光明皇后が千人の垢をお流しあそばしたという由縁を伝えるもので、現在の遺構は慶長年間に修理されたものです。もって皇后のお徳をお慕いすることができましょう。なお南の築地外にあった横笛堂は、現在境内に移されたが、中世の当寺への信仰を物語るものであります。滝口入道との恋に破れてこの寺に入り、髪をおろして仏道修行に明け暮れた雑司横笛が住まった古跡と伝えています。

本堂の北に続く本坊書院は京都御所のお庭を移築したと伝えられる庭園で、史跡名勝になっています。奈良では数少ない遺構の一つで、これは皇室との関係深い当寺の近世における貴重な史料なのであります。

◆霊像名宝のかずかず
本堂内陣、桃山様式の代表的な須弥壇上に、当寺本尊十一面観音立像を仰ぎます。印度健陀羅国王がつねづね観音さまを信仰しておられまして、その像を王宮に安置するため、観音菩薩生身のお姿と申す光明皇后をうつしまいらせようと、同国第一等の彫刻家問答師をわが国に遣わせられ、皇后のお許しを乞うて三躰の観音像を刻みました。うち一躰をわが皇宮にのこして帰国したのが、この本尊さまだという伝承が「興福寺濫觴記」に書かれてあります。古くから本像を光明皇后のお姿として崇めているゆえんであります。

本像は唐の檀像様式を受けついだ素木の一木彫成で、蓮葉の珍しい光背をおうて、謹直のうちにもやや寛がれたまうおん立ち姿の、あでやかにも美わしい印象は、拝む人々の心に深くしみわたる思いがいたします。なお、本尊御閉扉中は、御分身像を拝観していただきます。この御分身像は昭和四十年にインド政府に依頼し、最上の香木の白橿の一木作で日本では只ひとつの観音菩薩像であります。

天平時代にしばしば用いられた維摩居士像は、木心乾漆の手法により造顕されたもので、居士の面目躍如とした上代肖像彫刻の逸品とされています。ほかに天平末期の木造梵天・帝釈天頭、藤原時代の木造漆箔仏頭をはじめ、多くの御仏たちも堂内におまつり申していますが、滝口入道との間に交わされた文がらをもって自作したという横笛の坐像もともに供養のため安置しております。仏の道にいそしんだ佳人の心境が、このささやかな像から聞かれるようであります。

なお当寺では光明皇后御草創以来、護摩供を念じ、その清浄灰土をもってお作り申している犬守りを伝え、今日でも一山尼衆がその奉仕を続けていますが、さきに本堂解体修理のみぎり、はからずも礎石下から古様の犬御守一体を発掘いたしました。伝統の尊さ、ありがたいことであります。

当寺には別にわが国仏画の最高峯としてかくれない名宝絹本着色阿弥陀三尊及童子像を蔵しておりますが、香ぐわしさのかぎりといわれる傑作でありますが、保存の関係上、毎年一回十月二十五日から十一月十日まで当寺慈光殿にて公開し、一般有縁の方々に拝観して頂いて居ります。

◆華樂園
内東側に約1000坪の平地に、東屋・蓮池を擁し、100本の椿をはじめ、めずらしい法華寺蓮・にんじん木等約750種の花木・草花があり、1年を通し四季おりおりの花々が鑑賞出来るようになっている。

◆浴室(国指定重要有形民俗文化財)
法華寺本願光明皇后様が薬草を煎じその蒸気で多くの難病者を救済されたところで、建物は室町時代後期に改築されたが、敷石の―部は天平時代のものが残されている。

◆光月亭(県文化財指定)
奈良県月ケ瀬村の民家を昭和46年当地に移築したもの。構造・手法から18世紀の建設と推定される。居室の天井は根太天井であるが、土間部では丸竹天井となる等東山地方の民家の発展形態を示す貴重な遺構である。

奈良県奈良市法華寺町882

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