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興福寺

名称 興福寺
住所 630-8213 奈良県奈良市登大路町48
拝観時間
拝観料金
URL

興福寺

http://www3.pref.nara.jp/kankou/1090.htm

興福寺東金堂

http://www3.pref.nara.jp/kankou/1101.htm

興福寺北円堂

http://www3.pref.nara.jp/kankou/1102.htm

興福寺南円堂

http://www3.pref.nara.jp/kankou/1103.htm

天智天皇8年(669)に藤原鎌足が造立した釈迦三尊像を安置するために、夫人の鏡女王が京都山科の私邸に建てた「山階寺」を始まりとする。その後飛鳥廐坂の地に移し「廐坂(うまやさか)寺」と称した。
都が平城京へ移されるに及んで、平城京左京三条七坊のこの地に移し「興福寺」と改号し、創建の年を和銅3年(710)とする。その後天皇や皇后、また藤原氏の人々の手によって次々に堂塔が建てられ整備された。奈良時代には四大寺、平安時代には七大寺の一つに数えられた。
特に摂関家藤原北家との関係が深かったために手厚く保護され、寺勢はますますさかんになった。
平安時代には春日社の実権を手中におさめ、大和国を領するほどになった。
鎌倉・室町時代には幕府は大和国に守護を置かず、興福寺がその任にあたった。
幕府による宗教政策が厳しかった江戸時代には21000石余の朱印が与えられた。
明治時代初めの神仏分離令・廃仏毀釈・社寺上地令などで興福寺は荒れたが、その後の努力で復興し、新しい興福寺の歴史を刻んでいる。

◆興福寺の宗教
法相宗の大本山。法相宗は別名を唯識宗ともいう。西遊記で知られる中国唐の玄弉三蔵が、インドから伝えた教えを弟子の慈恩大師が大成した。日本には何度か伝えられたが、興福寺の法相宗は奈良時代に玄昉が伝えた。解深密教を本源とし、瑜伽論に所依し、唯識論を宗学とする。

◆興福寺国宝館
奈良時代から伝わる彫刻・絵画・書跡・工芸・考古資料など興福寺の寺宝を収蔵し、また広く一般に公開し、仏教への理解を深めていただくために、昭和34年に開館された。有名な阿修羅像など乾漆八部衆像(奈良時代 国宝)、須菩薩像などの乾漆十大弟子像(奈良時代 国宝)、銅造仏頭(白鳳時代 国宝)、板彫十二神将像(平安時代 国宝)、木造薬師如来像(平安時代 重要文化財)、木造千手観音像(鎌倉時代 国宝)、木造金剛力士像(鎌倉時代 国宝)、木造天燈鬼、竜燈鬼像(鎌倉時代 国宝)、銅造梵鐘(奈良時代 国宝)、華原磐(奈良時代 国宝)、銅造燈籠(平安時代 国宝)などの常設陳列の他、特別陳列も行われる。

◆東金堂(国宝)
興福寺には金堂が3つあり、この建物は東に位置するもので、東金堂とよばれる。神亀3年(726)に聖武天皇が元正天皇の病気平癒を願って造立された。現在の建物は応永22年(1415)の再建。堂内には、本尊薬師如来像(重要文化財)、日光・月光菩薩像(重要文化財)、文殊菩薩・維摩居士像(国宝)、十二神将像(国宝)、四天王像(国宝)を安置。

◆五重塔(国宝)
天平2年(730)に光明皇后によって創建された。現在の塔は応永33年(1426)に再建された日本第2位の高塔(50.1m)だが、猿沢池畔から見上げる雄姿は古都奈良が誇る絶妙の風景。初層内陣には薬師三尊像(東)、釈迦三尊像(南)、阿弥陀三尊像(西)、弥勒三尊像(北)を安置。

◆北円堂(国宝)
養老5年(721)に元明・元正天皇によって藤原不比等の1周忌に創建された。現在の建物は承元4年(1210)頃の再建。堂内には本尊弥勒如来像(国宝)、法苑林・大妙相菩薩像、無著・世親菩薩像(国宝)、四天王像(国宝)が安置されている。春と秋の特別の期間だけ公開される。

◆南円堂(重要文化財)
西国三十三所観音霊場第九番札所。弘仁4年(813)に藤原冬嗣が父内麻呂のために創建した。現在の建物は寛保元年(1741)に立柱され、宝暦12年(1762)に瓦が作られた。堂内には本尊不空羂索観音菩薩像(国宝)、四天王像(国宝)を安置。毎年10月17日に特別開扉。

◆一言観音堂
一言観音像を安置する。観世音菩薩の各号を一言心から唱えると必ず叶えてくださる観音様として畿内はじめ広範な信仰を集める。

◆不動堂
悪しきことを打破る仏様の使者である不動明王像を安置する。毎年1、15、28日に護摩祈祷が行われる。

◆三重塔(国宝)
崇徳天皇の中宮皇嘉門院藤原聖子が康治2年(1143)に創建。現在の建物は鎌倉時代初期の再建。初層内陣には薬師如来(東)、釈迦如来(南)、阿弥陀仏如来(西)、弥勒如来(北)を各千体づつ極彩色で描く板絵がある。また東面には弘法大師が勧請したと伝える窪弁才天と十五童子像を安置。毎年7月7日に特別開扉。

◆大湯屋(重要文化財)
寺のお風呂で、内部には大きな鉄の湯釜が2基ある。室町時代中頃の再建。東が切妻、西が入母屋の屋根を持つ建物である。

◆菩提院大御堂
「十三鐘」の俗称で知られ、稚児観音や三作石子詰の話を伝える。奈良時代にはすでに建物が建てられていたが、現在の建物は天正8年(1580)頃の再建。堂内には阿弥陀如来(重要文化財)、不空羂索観音菩薩像、稚児観音像を安置。

◆中金堂
藤原不比等が和藤3年(710)に着手し、7年(714)に創建した。歴史の荒波の中で7回の火災・再建の後、文政2年(1819)に仮再建された建物が、近年老朽化したために解体し、現在再建に取り組んでいる。堂内に安置してあった本尊釈迦如来像、薬王・薬上菩薩像(重要文化財)、四天王像(重要文化財)は後方の仮金堂に移安している。

奈良県奈良市登大路町48

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