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法隆寺

名称 法隆寺
住所 636-0115 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1-1
拝観時間
拝観料金
URL http://www3.pref.nara.jp/kankou/1131.htm

法隆寺は飛鳥時代の姿を現在に伝える世界最古の木造建築として広く知られています。
その創建の由来は「金堂」の東の間に安置されている「薬師如来像」の光背銘や「法隆寺伽藍縁起并流記資財帳」(747)の縁起文によって知ることが出来ます。
それによりますと、用明天皇が自らのご病気の平癒を祈って寺と仏像を造ることを誓願されましたが、その実現を見ないままに崩御されたといいます。
そこで推古天皇と聖徳太子が用明天空仙人のご遺願を継いで、推古15年(607)に寺とその本尊「薬師如来」をつくられたのがこの法隆寺(斑鳩寺とも呼ばれています)現在、法隆寺の塔・金堂を中心とする西院伽藍と、夢殿を中心とした東院伽藍に分けられています。
広さ約18万7000平方メートルの境内には、飛鳥時代を始めとする各時代の粋を集めた建築物が軒をつらね、たくさんの宝物類が伝来しています。国宝・重要文化財に指定されたものだけでも約190件、点数にして2300余点に及んでいます。
このように法隆寺は聖徳太子が建立された寺院として、1400年に及ぶかがやかしい伝統を今に誇り、とくに1993年12月には、ユネスコの世界文化遺産のリストに日本で初めて登録されるなど、世界的に仏教文化の宝庫として人々の注目を集めています。

◆南大門(室町時代)
法隆寺の玄関にあたるこの門は、永享10年(1438)に再建されたものです。

◆中門及び廻廊(飛鳥時代)
深く覆い被さった軒、その下の組物や勾欄、それを支えるエンタシスの柱、いずれも飛鳥建築の粋を集めたものです。重厚な扉と左右に立つ塑像の金剛力士像(奈良時代)は、東西にのびた廻廊の連子窓と対照的な組み合わせで、並列して建つ塔と金堂を壮麗に包み込んでいます。

◆金堂(飛鳥時代)
法隆寺のご本尊を安置する聖なる殿堂が金堂です。威風堂々としたこの建物の中には、聖徳太子のために造られた金銅釈迦三尊像(飛鳥時代)、太子の父君用明天皇のために造られた金銅薬師如来座像(飛鳥時代)、母君穴穂部間人(あなほべのはしひと)皇后のために造られた金銅阿弥陀如来座像(鎌倉時代)、それを守護するように、樟で造られた我が国最古の四天王像(白鳳時代)が、邪鬼の背に静かに立っています。

そのほか木造吉祥天立像・毘沙門天立像(平安時代)、北面には塑造吉祥天立像(奈良時代)、の諸像が安置されています。

また、天井には、天人と鳳凰が飛び交う西域色豊かな天蓋が吊され、周囲の壁には、世界的に有名な壁画(昭和24年焼損、現在はパネルに画かれた再現壁画がはめ込まれています)が描かれ、創建当初の美しさが偲ばれます。

◆五重塔(飛鳥時代)
塔はストゥーパともいわれ、釈尊の遺骨を奉安するためのものであり、仏教寺院において最も重要な建物とされています。高さは約31.5メートル(基壇上より)で、わが国最古の五重塔として知られています。

この最下層の内陣には、奈良時代のはじめに造られた塑造群があり、東面は維摩居士と文殊菩薩が問答、北面は釈尊が入滅、西面は釈尊遺骨(舎利)の分割、南面は弥勒菩薩の説法などの場面が表現されています。

◆大講堂(平安時代)
このお堂は仏教の学問を研鑽したり、法要を行う施設として建立されましたが、鐘楼とともに延長3年(925)に落雷により焼失しました。幸い正暦元年(990)には再建され、ご本尊の薬師如来像及び四天王像もその時作られています。

◆東大門(奈良時代)
大宝蔵院を出て夢殿に向かう途中に建っているこの門は、珍しい三棟造りという奈良時代を代表する建物の一つです。

奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1-1

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