貴船神社 結社

結社(ゆいのやしろ)は、本宮と奥宮の中間、本宮から上流側300メートルの場所にある。その立地から中宮(なかみや)とも呼ばれている。 磐長姫命を祭神とし、縁結びの神として信仰される。磐長姫命が縁結びの神とされることになった理由として次のような伝承がある。天孫瓊瓊杵尊が磐長姫命の妹の木花開耶姫と結婚しようとしたとき、姉妹の父の大山祇命は、磐長姫命も共に奉った。しかし、瓊瓊杵尊は木花開耶姫とだけ結婚したので、磐長姫命はそれを恥じ、「縁結びの神として良縁を授けん」と言って当地に鎮まったという。 以前は、境内の細長い草の葉を結び合わせて縁結びを願っていたが、現在は植物保護のため本宮で授与される「結び文」に願文を書いて指定場所に結ぶことになっている。境内には、「磐長姫命の御料船」として平成8年に奉納された船形の自然石「天の磐船」が置かれている。また、後述の和泉式部の歌碑がある。

日吉神社

この地には、九百数十年前に一條天皇の母后東三條女院離宮があった。女院はこの離宮に比叡山の常行堂に安置されていた阿弥陀仏を移して寺院とし、真如堂を創建された。 そして、同じく比叡山の守護神である日吉の神を山王権現としてこの地に勧請されたのがこの日吉神社の草創であったようである。 真如堂は応仁の乱で荒廃し、諸方を転々としたが、この神社は永くこの地に祀られ、吉田家とも相謀り祭事も維持していた。  元禄6年(1693)現在の真如堂が再興され、この地も旧態に復して、当社は地主の神として広く尊崇を集めている。