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蛸薬師堂(浄瑠璃山 永福寺)

名称 浄瑠璃山永福寺
住所 604-8046 京都府京都市中京区新京極通蛸薬師上る東側町503
拝観時間 8:00~16:30
拝観料金
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養和元年(1181年)室町の林秀が、比叡山の御本尊薬師如来の夢告により与えられた伝教大師が彫られた石仏の薬師如来をおまつりした六間四面の堂を作り、永福寺と名付けられたのが始まり。
善光という僧が、戒めに背き、病気の母親に好物のタコを買う孝行譚に由来し、本尊薬師如来は蛸薬師の名で知られる。
病気平癒の御祈祷で有名で、毎月8日午前10時より午後2時まで大般若会が勤修され、ガン封じや心身の病気平癒、諸願成就を祈願する人々の参拝が多い。

◆由緒
正しくは浄瑠璃山永福寺といい、本堂に「蛸薬師」と呼ばれる薬師如来の石造を安置している。

昔、この寺が二条室町にあったころ、付近に池があったことから、水上薬師または澤(たく)薬師と呼ばれ、これが訛って蛸薬師となったといわれている。

また、一説には、この寺にいた善光という親孝行な僧侶が、戒律に背いて病気の母のために蛸を買って帰るところを町の人に見とがめられ、箱を開けるよう求められたとき、薬師如来に「この難をお助けください」と念じたところ、蛸の足が八巻の妙法蓮華経に変わり、難局を逃れたという。

その後、母の病気も薬を飲まずに全治し、これは親孝行の僧侶を守った本尊の霊験であるとして、本尊の薬師如来を蛸薬師というようになったと伝えられている。

病気平癒の祈願のために参拝する人々でにぎわった参道は蛸薬師通と呼ばれるようになった。

◆蛸薬師如来の由来
その昔、当寺に住していた善光(ぜんこう)という若い僧侶が、重い病に伏した母の「蛸が食べたい」というたっての願いを聞き、思い悩んだ末に僧の禁を破って市場で蛸を買いました。しかし、町の人々にそれを見咎められ、一心に「薬師如来様、この難をお救いください。」と祈ると、彼の手元で蛸は光を放ってありがたい法華経八巻に変化し、不思議なことにその威光に照らされた母の病もたちまち癒えて元気になりました。以来、京の町の人々から「蛸薬師さん」と親しみを込めて呼ばれるようになり、以来もろもろの病気平癒や厄難の消除には霊験あらたかと、たくさんの老若男女から信仰を集めてまいりました。

京都府京都市中京区東側町503

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