名称 | 八大神社 |
住所 | 606-8156 京都府京都市左京区一乗寺松原町1 |
拝観時間 | |
拝観料金 | 無料 |
URL | http://www.hatidai-jinja.com/ |
永仁二年(1294)に創建された。
御祭神には一乗寺の産土神、氏神として素盞嗚命、稲田姫命、八王子命を祀っている。
禊祓い、農耕・水、森林・山、縁結び・和歌、方除・厄除、学業・教育と様々な御神徳をそなえている。
境内には慶長九年(1604)宮本武蔵が吉岡一門と決闘せし当時の下り松の古木がある。
宮本武蔵が吉岡一門との「一乗寺下り松の戦」の前に八大神社に立ち寄った縁から、由緒ある下り松の古木が本殿西に保存されることとなった。
現在の本殿は大正十五年造営。
◆由緒
当社は永仁2年3月15日勧請(今より約700年前)(西暦1294年)祇園八坂神社と御同神に坐し古来より北天王(北の祇園)と称し皇居守護神12社中の一にして都の東北隅表鬼門に位置し、方除、厄除、縁結び、学業の神として世の信仰厚く、後水尾天皇、霊元天皇、光格天皇、修学院離宮行幸の砌り御立ち寄り白銀等御奉納あり
明治6年10月5日 藪里午頭天王社(永享10年11月28日勧請)(西暦1438年)
明治7年3月5日 舞楽寺八大天王社(永享10年9月朔日勧請)(西暦1438年)
を合祀す。大正13年幣帛供進神社に指定せられる。
因みに、剣聖宮本武蔵が、吉岡一族と決斗せし当時の”下り松”の古木は本殿西に保存してある。
◆剣聖『宮本武蔵』と八大神社
武蔵が一乗寺下り松に立って多数の敵にまみえた日のまだ朝も暗いうちに、彼は、死を期したこの危地へ来る途中で、八大神社の前で足を止めて、「勝たせたまえ、きょうこそは武蔵が一生の大事」と彼は社頭を見かけて祈ろうとした。拝殿の鰐口へまで手を触れかけたが、そのとき彼のどん底からむくむくわいた彼の本質が、その気持を一蹴して、鰐口の鈴を振らずに、また祈りもせずに、そのまま下り松の決戦の場所へ駆け向ったという。
武蔵が自分の壁書としていた独行道のうちに、
我れ神仏を尊んで神仏を恃(たの)まず
と書いている その信念は、その折ふと心にひらめいた彼の悟道だったにちがいない。
武蔵にこの開悟を与えたことに依って、一乗寺下り松の果し合いはただの意趣喧嘩とはちがう一つの意味を持ったものと僕はそう解釈する。
吉川英治「随筆 宮本武蔵」より