859年右大臣左近衛大将藤原良相(よしすけ)が一門の学問所勧学院(かんがくいん)と、神社付近に創建した医療施設延命院の守護社と伝えられている。 境内の樹齢800年の榎のご神木には坂本竜馬と妻おりょうの愛の伝言が刻まれた。
京都市
瑞雲院
安養寺 (倒蓮華寺)
浄土宗西山禅林寺派に属する寺である。 由緒はきわめて古く、寛仁2年(1018)恵心僧都が奈良県當麻(たいま)に建てた蓮台院が当寺の起こりで、ついで恵心の妹安養尼が居住して安養寺と改名した。 天永年間(1110頃)隆暹(りゅうせん)が京都に移し、鎌倉時代に入って証仏(しょうぶつ)が大いに寺運をひろめた。 天正年間(1580頃)豊臣秀吉によってこの地に移された。 本尊は阿弥陀如来立像で、八枚の蓮華を逆さに置いた上に立っているのが特徴で、このことから倒蓮華寺と呼ばれる。 伝説によれば、本尊をつくる際、蓮座がどうしても壊れるので、蓮華を逆さにしたところ、無事完成した。 これは女人は業が深く、心の蓮華はさかさまとなっていて極楽往生できないので、これを救済するため、わざと蓮華を逆さにしたのだといわれる。 この本尊にまつわる伝説によって、昔から特に女性の信仰が深い。
天性寺
聖光寺
錦綾山(きんりょうざん)と号し、浄土宗鎮西派に属する寺である。 寺伝によれば、当地には平安時代後期、仏師康慶(こうけい)の居宅があり、その後園に浄土宗第二祖聖光房弁長(しょうこうぼうべんちょう)(鎮西上人)の草庵があったといわれている。 弁長は、ここから8年間、法然上人の許に通い、浄土宗の法灯を受け継いだと伝えられている。 当寺は元久元年(1204)、弁長の帰郷に際し、康慶がその別離を悲しみ、弁長自身の真影をこの草庵に奉安し、聖光庵と名付けたことに始まるといわれている。 本堂には、鎌倉時代の作と伝えられる嵯峨式釈迦如来立像を安置し、寺宝としては清海曼荼羅(せいかいまんだら)、当麻曼荼羅(たいままんだら)の二幅を蔵している。 また、境内には大石良雄の母と、綿屋善右衛門好時(わたやぜんえもんよしとき)(天野屋利兵衛(あまのやりへい))の墓がある。
頂妙寺
高野堂妙心寺
宗像神社
京都御苑内に鎮座。 祭神は宗像三女神である多紀理毘売命・多岐津比売命・市岐嶋比売命。 北家藤原氏の祖、藤原冬嗣が795年(延暦14)に、平安京の東西両市の守護神として筑前国の宗像神社を勧請したのが創祀とされ、その後冬嗣の自邸小一条第に移したと伝えられる。 小一条第は花山院家が相続したことから同家が別当となる。 東京遷都にともない公家町は御苑になされ、邸内社が府社となった。 御神木の楠は樹齢600年とも800年とも言われる。 境内社に、花山稲荷神社・京都観光神社・小将井神社・繁栄稲荷神社・金比羅宮がある。 例祭、9月15日。近年は例祭日の後の日曜日又は祝日に、神賑いの日として神楽舞など奉納を行っている。 春と秋には花山稲荷神社・京都観光神社の祭礼があり、神楽舞やヴァイオリンのミニコンサートなど奉納。 1~2月の境内では水仙が咲き乱れる。 4月上旬は桜。10~11月にカリンの実がたわわに実る。 紅葉の木も色づく11月中旬から下旬が見頃である。










