善福寺

井光大神の住居があったという地に建っています (高野山真言宗) 井光山 「善福寺」です 開基は役行者。創建は白鳳時代と伝えられます 平安初期には空海が大峯山で修行中、この地で休息をとったとも伝えられています。 吉野山では葬儀を行わず祈祷を旨とする修験寺院が多いそうですが 善福寺は江戸時代初期から、吉野山の人々の菩提寺として信仰されていました。 本堂は明治25年に廃寺となっていた安禅寺宝塔院護摩堂を移建したそうです

桜木神社

万葉の香り高い象(きさ)の小川のほとりに鎮まるこの神社は、大己貴命・少彦名命、それに天武天皇をお祀りしています。大己貴命・少彦名命は、古くから医薬の神としての信仰があつく、特に初代紀伊藩主大納言徳川頼信公は、たびたび病気平癒を祈願しています。 天武天皇がまだ大海人皇子といわれていたころ、天智天皇の近江の都を去って吉野に身を隠しましたが、あるとき天皇の子、大友皇子の兵に攻められ、かたわらの大きな桜の木に身をひそめて、危うく難を逃れたいう伝説があります。のち大海人皇子は勝利を得て(壬申の乱・六七二)明日香の浄見原に都を定めて、天武天皇となられたのです。 このあと吉野の宮(宮滝)に行幸されると、篤くこの宮を敬われ、天皇なきあとは、ゆかり深い桜木神社へお祀りしたと伝えられています。  皆人の恋ふるみ吉野今日見ればうべも恋ひけり山川清み と万葉集にもあるように、そのかみの大宮人は、吉野川を舟競い、あるときは草摘みに、又あるときは神に祈るため、この辺りへもたびたび歩を運んだことでしょう、そう思うだけでもこの辺りのたたずまいは、万葉の抒情がそくそくとせまって来るではありませんか。

東南院

東南院(とうなんいん)は、奈良県吉野郡吉野町にある大峰山の持護院。金峯山修験本宗別格本山。役行者霊蹟札所。山号は大峯山。開山は役行者。 霊地霊山は、霊地を開くときに中心になる伽藍を建て、そこから巽(東南)の方角に当たる所に寺を建て、一山の安泰と興隆を祈願した。金峯山寺より東南に位置する。現在は宿坊も営む。

弘願寺

吉野山の黒門をくぐって最初に有るお寺。本尊は阿弥陀如来立像(県指定文化財)で鎌倉時代の正元2(1260)年の作です。 歯痛に霊験があるといわれる関屋地蔵を祀っており、毎年6月4日には歯がため地蔵祭が行われます。

喜蔵院

喜蔵院(きぞういん)は、奈良県吉野郡吉野町にある大峰山の護持院。本山修験宗別格本山。役行者霊蹟札所。山号は吉野山。開山は円珍(智証大師)。 桜の名所として知られる吉野山の中腹に位置する。平安時代に京都聖護院の一院として創建された。 江戸時代には儒学者熊沢蕃山が滞在したとされ、境内にはその際の句碑が残されている。 現在は宿坊も営み、本山修験宗の大峯奥駈修行の重要寺院としても知られている。

脳天大神 龍王院

金峯山寺の蔵王堂から西側へ急な坂を下りた川沿いにある、金峯山寺の塔頭のひとつ。 頭を割られた大蛇(金剛蔵王大権現の変化身)を祀っており、「吉野の脳天さん」と親しまれています。 首から上の病気に霊験あらたかと言われており、入学試験合格、病気全癒、商売繁盛祈願の参拝参詣者が多く訪れます。

金峯山寺銅鳥居

銅鳥居(重文)-銅鳥居と書いて「かねのとりい」と読む。 聖地への入口、俗界と聖地の境界を象徴する建造物である。吉野から大峯山(山上ヶ岳)までの修行道には発心門、修行門、等覚門、妙覚門という、悟りへの4つの段階を象徴した門が設定されているが、そのうちの「発心門」にあたるのがこの鳥居である。 鳥居の柱が蓮台の上に立っているのは、神仏習合の名残りである。東大寺大仏を鋳造した際の余りの銅で造ったという伝承があるが、現存するものは室町時代の再興である。