臨済宗東福寺塔頭。 1291年(正応4)東福寺三世大明国師無関普門(南禅寺開山)の住房跡で、多くの文化財を有する。 本尊宝冠釈迦如来。国宝方丈・庭園(重森三玲作庭)・特別公開時のみ。 開山堂に、寄木造、玉眼入り、彩色の等身大で、曲ろくに座す大明国師像(重文)を安置する。 庫裏・表門とも重文、方丈は、現存する最古の方丈建築(国宝)。
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清水寺 成就院
新日吉神宮
永暦元年(1160)後白河法皇が、その御所法住寺内に比叡山東坂本の日吉山王(ひえさんのう)七社(日吉大社)を勧請されたのが当社のはじまりである。 創立当初の社地は今の市立美術大学付近の地で、その後元和元年(1615)豊国廟社の破毀とともに旧廟前に移り、さらに明治30年(1897)この地に移った。 祭神は後白河法皇の他、大山昨命(おおやまくいのみこと)など山王七柱を主神とし、相殿に素戔鳴尊(すさのおのみこと)、大年神(おおとしのかみ)を祀っている。 社殿は応仁の兵火で焼け、その後しばしば増改築が行われたが、現在の本殿は、天保6年(1835)の改造で、大きな流造(ながれづくり)である。 古くから朝廷の崇敬厚く上皇の御幸(ぎょうこう)は108度に及んだといわれ、また数多く天皇の遺物、宸筆を蔵している。 なお江戸後期の小沢蘆庵(おざわろあん)をはじめ多くの文学者の稿本など近世文学の資料を蘆庵文庫の名で宮司家が保存していることは名高い。
東福寺 臥雲橋
東福寺の渓谷に架けれた3つの橋は、「東福寺三名橋」と呼ばれる。 上流から偃月橋・通天橋・臥雲橋。 偃月橋は、単層切妻造・桟瓦葺きの木造橋廊。1603年(慶長8年)の建築で重要文化財。「日本百名橋」の一つ。 通天橋は、仏殿・方丈から開山堂(常楽庵)に至る渓谷「洗玉澗」(せんぎょくかん)に架けられた橋廊。 1380年(天授6年)に春屋妙葩(しゅんおくみょうは:普明国師)が谷を渡る労苦から僧を救うため架けたと伝えられる。 南宋径山(きんざん)の橋を模したもので「通天」と名付けられた。 現在の通天橋は、1959年(昭和34年)に台風で倒壊した後、1961年(昭和36年)に再建されたもの。 ここからの紅葉と新緑は絶景。 黄金色に染まる三ツ葉楓は開山の聖一国師が宋から伝えた唐楓といわれている。
大雲院
東山区祇園町南側。浄土宗の単立寺院。 天正年間(1573-92)織田信長・信忠親子の菩提を弔うため、父子の知遇を得ていた貞安上人が、信忠の法名をもって二条烏丸に創建。 のち寺町四条に移転したが、天明・元治の大火で焼失。 明治初期に復興、1973年(昭和48)現在地に移転した。 本堂の背後に山鉾を模した祇園閣がそびえる。 信長父子供養塔がある。 ◆祇園閣 1928年(昭和3年)に建築された3階建ての建物で、大倉財閥の設立者である大倉喜八郎が別邸とし建てた別邸「真葛荘」の一部である。 屋根は銅板葺きであるが、これは大倉が金閣、銀閣に次ぐ銅閣として作ったためである。 祇園祭の鉾を模したもので、設計は伊東忠太。 1997年(平成9年)12月12日、国の登録有形文化財に登録された。
霊雲院
霊雲院は室町時代後期、大永6年(1526)薬師寺備後守国長の室・霊雲院清範尼のもとめにより、大休国師がその師・特芳和尚を開山として創立した妙心寺四派本庵の一つである。 特芳和尚は雪江和尚の弟子で霊雲派の開祖である。 大休国師は識徳一世に高く、後奈良天皇は深く国師に帰依せられてしばしばここに行幸された。 書院(重要文化財)は室町時代末期のもので、西北の間を後奈良天皇御幸の間と伝え、書院造初期の構造を示している。 庭園(名勝史跡)は是庵の作と伝え、室町時代末期の枯山水で極めて狭小な地域に絵画的手法をもって樹石を配置している。 寺宝に狩野元信筆・紙本水墨淡彩・山水花鳥図49幅(重要文化財)がある。 なお、門内左手に哲学者西田幾多郎の墓もある。
仲源寺(目疾地蔵尊)
法観寺 (八坂の搭)
東山区八坂通下河町東入。 通称「八坂の塔」と呼ぶ。 飛鳥時代、八坂氏の氏寺として創建された古刹。 高さ46メートルの五重塔(重文)は、1440年(永亨12)足利義教の再建。他に薬師堂、太子堂が残る。 塔は東山の景観に欠かすことのできない存在。臨済宗建仁寺派有料。 ◆由緒 霊応山(れいおうざん)と号し、臨済宗建仁寺派に属する。 寺伝によれば、聖徳太子が如意輪観音の夢のお告げにより建立し、往時は延喜式七ヶ寺のひとつに数えられ隆盛を極めたが、現在は八坂の塔(五重塔)と太子堂、薬師堂の二宇を残すのみである。 八坂の塔は本瓦葺5層、方6メートル、高さ46メートルの純然たる和様建築で、白鳳時代の建築様式を今に伝えるものである。創建以来度々災火により焼失したが、その都度再建され、現在の塔は永享12年(1440)に足利義教(よしのり)によって再興されたものである。塔内には本尊五智如来像5体(大日、釈迦、阿しゅく(あしゅく)、宝生、弥陀)を安置し、須弥壇(しゅみだん)の下には古い松香石製の大きい中心礎石があり、中央には舎利器を納めた3重の凹孔が残っている。 寺宝として、塔を中心に当時の社寺を描いた紙本著色八坂塔絵図のほか、足利義教画像、法観雑記など貴重な文化財を蔵している。










