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西光寺(寅薬師)
浄土宗西山深草派。山号北亀山。本尊阿弥陀如来。 弘安年間(1278~1288)後宇多天皇から下賜され、寅薬師と称した薬師如来を安置するため、御倉堂を建立したのが始まりと伝わる。 この薬師如来は弘法大師が一刀三礼し刻んだもので、寅の日の寅の刻に完成した事から、その名がついたという。 元来は宮中に持仏として安置され、歴代の天皇の信仰を集めたという。 お堂は1788(天明8)と1864年(元治元)に焼失、翌1865年(元治2)に再建されたが、明治44年三度焼失し、大正2年に再建。 仮建築のまま現在に至る。 寅薬師は京都十二薬師の第11番で、近世の名薬師の一つに数えられた。 寅年生まれの守護佛としてだけでなく、広く開運繁栄、無病息災などの諸願成就の霊験あらたかである。 堂内には別に安産守護の腹帯地蔵尊像も安置されており、腹帯を授与している(要予約)。 この地蔵尊も近世の京都名地蔵二十一地蔵の一つに数えられ、洛陽四十八願所の第34番でもある。
善長寺
頂妙寺
高野堂妙心寺
染殿地蔵院
瑞雲院
安養寺 (倒蓮華寺)
浄土宗西山禅林寺派に属する寺である。 由緒はきわめて古く、寛仁2年(1018)恵心僧都が奈良県當麻(たいま)に建てた蓮台院が当寺の起こりで、ついで恵心の妹安養尼が居住して安養寺と改名した。 天永年間(1110頃)隆暹(りゅうせん)が京都に移し、鎌倉時代に入って証仏(しょうぶつ)が大いに寺運をひろめた。 天正年間(1580頃)豊臣秀吉によってこの地に移された。 本尊は阿弥陀如来立像で、八枚の蓮華を逆さに置いた上に立っているのが特徴で、このことから倒蓮華寺と呼ばれる。 伝説によれば、本尊をつくる際、蓮座がどうしても壊れるので、蓮華を逆さにしたところ、無事完成した。 これは女人は業が深く、心の蓮華はさかさまとなっていて極楽往生できないので、これを救済するため、わざと蓮華を逆さにしたのだといわれる。 この本尊にまつわる伝説によって、昔から特に女性の信仰が深い。
天性寺
聖光寺
錦綾山(きんりょうざん)と号し、浄土宗鎮西派に属する寺である。 寺伝によれば、当地には平安時代後期、仏師康慶(こうけい)の居宅があり、その後園に浄土宗第二祖聖光房弁長(しょうこうぼうべんちょう)(鎮西上人)の草庵があったといわれている。 弁長は、ここから8年間、法然上人の許に通い、浄土宗の法灯を受け継いだと伝えられている。 当寺は元久元年(1204)、弁長の帰郷に際し、康慶がその別離を悲しみ、弁長自身の真影をこの草庵に奉安し、聖光庵と名付けたことに始まるといわれている。 本堂には、鎌倉時代の作と伝えられる嵯峨式釈迦如来立像を安置し、寺宝としては清海曼荼羅(せいかいまんだら)、当麻曼荼羅(たいままんだら)の二幅を蔵している。 また、境内には大石良雄の母と、綿屋善右衛門好時(わたやぜんえもんよしとき)(天野屋利兵衛(あまのやりへい))の墓がある。










