飛行神社

航空界のパイオニア・二宮忠八は、飛行原理を発見し、飛行機の開発に尽力した人物で、日本人初のゴム動力によるカラス型飛行器や、人が乗れる玉虫型飛行器を考案しました。 飛行神社は、忠八が航空安全と航空事業の発展を祈願し、大正4年(1915)に創建したもの。 現在の社殿、拝殿、資料館は平成元年(1989)に飛行原理発見百周年を記念して建て替えられました。 ◆由緒 鎮座 大正4年(1915年)3月10日 当神社は明治24年4月29日に世界に誇るゴム動力プロペラ式飛行器の飛翔実験に成功した二宮忠八が、後進の航空殉難者の尊霊を慰めるべく崇め祀った神社である。 晩年自ら神職に就き昭和2年改修して朝夕航空安全の奉仕をしたが、昭和11年に没した。 昭和25年忠八の次男顕次郎が、再興にあたり、「空はひとつなり」の信条のもとに、あまねく全世界の航空先覚者並びに遭難者の霊を迎え祀っている。現在の本殿及び集会所(資料館)は平成元年忠八の飛行原理発見百周年を記念して全面改築したものである。

石清水八幡宮

平安時代始め、清和天皇の貞観元(859)年、南都大安寺の僧・行教和尚は豊前国(現・大分県)宇佐八幡宮にこもり日夜熱祷を捧げ、八幡大神様の「吾れ都近き男山の峯に移座して国家を鎮護せん」との御託宣を蒙り、同年男山の峯に御神霊を御奉安申し上げたのが当宮の起源です。 4808